2006年08月04日

日本アメフト界最後のカリスマ逝く

日本大学アメリカンフットボール部前監督の篠竹幹夫氏が、7月10日に亡くなっていた。

甲子園ボウル5連覇を含む17度の優勝。日本選手権も4度制覇。

戦後まもなくアメリカから伝わってきたアメリカンフットボールというスポーツを、
日本に深く強く根付かせた功績はとてつもなく大きいものがあったと思う。

そんな彼が常に選手達に求めていたもの。
それは「loyalty」、和訳すると「忠誠心」。
しかもその忠誠心を、チームではなく監督個人に向けさせた。

『選手は監督のロボットであることが理想』という彼の言葉が、
彼のポリシーを如実に示している。

そんな圧倒的なカリスマ性でチームを引っ張ってきた彼だけど、
1990年を最後にパタッと甲子園ボウルに出場できなくなったのは、
選手の自主性・主体性を求める最近の若者の気質に受け入れられなかったことが、
原因のひとつにあったのかもしれない。

けど、圧倒的な強さで勝ち続ける日大=篠竹氏を倒すために、
他校の指導者が切磋琢磨して、日本のアメフト界は成長してきた。
あなたの存在は、間違いなく大きかったはずです。

ご冥福をお祈りいたします。
ニックネーム ナパ at 02:38| Comment(5) | TrackBack(0) | sports
この記事へのコメント
僕もこのニュースには感じるものがありました。

本物の変人だったみたいですが、そんな常識外のパワーが、
日本のアメリカンフットボールの土台を作ったのでしょうね。
Posted by パラマリボ at 2006年08月04日 08:09
晩年は日大の内部クーデターのようなものもあり、
功労者にもかかわらず、ずいぶん冷遇されたようです。
しかし、NFLに20年先駆けてショットガンフォーメーションを導入した先見の明などを考えると、
もっともっと評価されてもいい人物なのかもしれませんね。
Posted by ナパ at 2006年08月04日 09:25
あれぇ〜、おやじ死んじゃったんだ。日大アメフト部員の話を聞くと当時はなかなか大変だったらしいね。頑固で!
Posted by Q at 2006年08月04日 22:47
私は日大在籍当時(部は違うが)と桜上水のアメフト場改修工事のときに会ったことありましたが、物凄い威圧感がありました。
そうでしたか、亡くなってしまいましたか。。。
Posted by maakun735 at 2006年08月05日 01:34
★Qさん★
日大アメフト部出身の友人をお持ちなんですか?
野球少年だと思っていたQさんですが、
幅広い友人関係をお持ちなんですね!
やっぱり部員は大変だったんだぁ。。。

★maakun735さん★
私も一度だけ篠竹氏をお見かけしたことがあるのですが、
ホント近寄りがたい雰囲気で自分を包まれた方でした。
今のご時勢では珍しいことではないでしょうか?
Posted by ナパ at 2006年08月05日 14:49
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